#009 予讃線 高松駅 9番のりば

四国島内より初めてご紹介する車止めは、鉄道における本州への玄関口、高松から。

先頃迎えた瀬戸大橋線 開業30周年や、それに伴う “サロンカーなにわ” の入線、また模型界隈では5000系 “マリンライナー” の製品化など近頃ホットな話題に恵まれている高松駅。
同駅は瀬戸大橋線開業や宇高連絡航路の廃止を経て、駅周辺を含めた港湾地区の再開発が行われ、4代目となる現駅舎の供用開始は2001年とまだまだ “若手” の部類。

1番線から9番線まで存在するのりばはすべて頭端式の駅構造にあわせて配されており、各線とも共通して第2種車止めを備えている。

先述の再開発と併せて駅の位置が300mほど西側へ移動した経緯があり、どの車止めもまだ真新しく趣味的観点ではやや味気ないのだが、整然とした線路周りとホーム上を飾る鉢植え?花壇?との対比に面白さを感じた。

駅位置が移設されたものの、乗り入れ各線のキロ程変更に伴う諸々の影響などを嫌ったのか、同駅は “0キロポスト” ではなく “0.3キロポスト” となっているらしい。次に訪れる機会があればこの目で確かめてみようと思う。

#008 叡山電鉄 鞍馬線 鞍馬駅 2番のりば

今回の車止めは京都市東部の私鉄、叡山電鉄は鞍馬駅からご紹介。

叡山電鉄は乗車体験や観光利用を強く意識した車両である900系電車 “きらら” の運行で広く知られているが、同車が運転されている鞍馬線はその前身である鞍馬電気鉄道の時代から、現在の叡山本線にとっては支線とでも呼ぶべき存在でありながらも一貫して直通運転を行っており、叡山本線系統よりも列車本数が多い時間帯も存在する一風変わった路線である。

鞍馬駅 2番のりばに設けられた車止めは、旧国鉄路線においても時折見掛けることのある、細身でどこかこぢんまりとした制走堤を備えたもの。”緩衝地帯” に茂った青々しい雑草が、無機質なコンクリートのイメージをまるで中和しているかのようだ。

コンクリートの意匠や風合いから相応の年月が経過しているものと思われるが、今ではその過去を探ることは難しい。駅開業当時からのものとするならば、約90年前ということになろうか。
願わくは、その与えられた役割を果たすことなく100年の節目を迎えて欲しいものだ。

#007 アルピコ交通 上高地線 松本駅 7番のりば

今回ご紹介する車止めは信州・松本から。

アルピコ交通 (旧 松本電気鉄道) 上高地線の松本駅はJR東日本との共同使用駅となっており、JR線の改札内へ入場したまま上高地線ののりばへアクセスすることができる。この写真も松本駅へ到着した快速「ムーンライト信州」から下車し、篠ノ井線へと乗り継ぐ折に立ち寄り撮影したものだ。

配線構造としては島式ホームの片側に1線が乗り入れする、あたかもJR駅に横付けするかのような配置で、設置された車止めは第2種。線路終端標識は近年見掛ける機会の少なくなってきたランプ型のもので、変哲のない車止め設備の中で白熱灯の温かみがその存在感を放っている。

車止めそのもの以外にも、針金で固定された古枕木を “前衛” として、浅めのバラスト積みをやや広めに敷くことで、万一停止位置までにスピードを殺しきれなかった際に、車両の逸走を制しつつ、車両側のダメージも極力避けたいという思惑が窺えるようだ。

183系・189系混成のN101編成で運転された、8421M “ムーンライト信州81号” 。2013/9/21 23:37 新宿駅にて。

#006 南武線 尻手駅 3番のりば

6か所目は神奈川県から。南武線 尻手 (しって) 駅に設置されている車止めをご紹介したい。

尻手駅には制走堤を用いた第4種車止めが、南武線から分岐する枝線、通称 “浜川崎支線 (南武支線) ” の発着専用である3番のりばに設けられている。
終着ホームであるだけに車両が逸走する危険性は途中駅に比べ低いものと思われるが、線路終端部のその先は駅自体が神奈川県道140号線をアンダーパスする構造となっており、”最悪の事態” を避けるべくの第4種というセレクトなのだろう。

この投稿を書き上げるにあたり資料やウェブサイトをいくつか当たっていたところ、撮影時には気づかなかったのだが車止めの先にも1線分のスペースが残されているように思えてきた。
下記の航空写真中央部に写っている車止めを基準に、画面上側に水色の橋桁が写っている点にお気づきだろうか。

Googleマップより転載

Googleマップより転載

上記2枚目の画像は、駅をアンダーパスしている県道からのストリートビューだ。
道路を跨いでいる構造物のうち、画面右手奥の橋桁より順に5番線 (貨物線), 4番線 (同), 使用していない橋桁 (3番線延長部か?), 南武線下りホーム, 2番線 (旅客線) …の順となっており、尻手駅の配線の中では最後年に増設された5番線を除いて、4線分の橋桁は同様の構造、つまり同時に架橋されたものである可能性が高い。

私が撮影した写真に写っている通り、現在この謎の橋桁の上空には3番線の架線が架線終端部に向かって伸びており、そのためだけに橋桁まで渡すとは考え難く、消去法的に考えるに元々南武線の下り旅客線へと接していた3番線が、後年に終端線へと変更されたのではないだろうか。
具体的な時期については橋桁の銘板などで設置時期が判別できればもう少し絞り込むことができそうだが、南武線として国有化される以前より、その前身である南武鉄道が尻手駅ー新浜川崎駅 (当時) 間で旅客営業を行っていたことを考えると、その当時は…という可能性も想像に難くない。

一つの設備もつぶさに観察することで様々な背景が見え隠れするだけに、そこから生じる様々な想像もそれ自体が楽しくもあり、なかなか興味が尽きないものだ。

#005 奈良線 棚倉駅 安全側線

今回は103系電車の残り少ない活躍の場となった奈良線から。

奈良線は現在、京都駅ーJR藤森 (ふじのもり) 駅間と、途中の宇治駅ー新田 (しんでん) 駅間を除いて単線となっており、一部例外となる駅が存在するものの、その大半の所属駅で “安全側線” が設けられている。そんな数多くの (!?) 安全側線から、沿線での列車撮影の折に記録した1枚をご紹介したい。

奈良線内の安全側線は (ざっと確認した限りではあるが…) 乗越分岐器 + 緊急防護装置 + 積みバラストの第1種車止めという組み合わせで統一されているようで、安全側線としては路線規模に見あった相応のものという印象を受ける。

先のJRグループダイヤ改正では阪和線向け205系の転配も実施され、普通電車に関しては103系一色であった奈良線の車両も少しずつ移り変わりが予想されるのだが、線路設備についても2023年春までの計画で今後新たに延長14km分の複線化が予定されており、当然のように当該区間の (車止めを含む) 安全側線は撤去されることとなるだろう。

“去りゆく老兵” 103系の記録へお出掛けの折には、車止めや転轍器標識など、行き交う列車を見守ってきたシーナリーの脇役にも目を向けてみてはいかがだろうか。