「第4種」カテゴリーアーカイブ

#008 叡山電鉄 鞍馬線 鞍馬駅 2番のりば

今回の車止めは京都市東部の私鉄、叡山電鉄は鞍馬駅からご紹介。

叡山電鉄は乗車体験や観光利用を強く意識した車両である900系電車 “きらら” の運行で広く知られているが、同車が運転されている鞍馬線はその前身である鞍馬電気鉄道の時代から、現在の叡山本線にとっては支線とでも呼ぶべき存在でありながらも一貫して直通運転を行っており、叡山本線系統よりも列車本数が多い時間帯も存在する一風変わった路線である。

鞍馬駅 2番のりばに設けられた車止めは、旧国鉄路線においても時折見掛けることのある、細身でどこかこぢんまりとした制走堤を備えたもの。”緩衝地帯” に茂った青々しい雑草が、無機質なコンクリートのイメージをまるで中和しているかのようだ。

コンクリートの意匠や風合いから相応の年月が経過しているものと思われるが、今ではその過去を探ることは難しい。駅開業当時からのものとするならば、約90年前ということになろうか。
願わくは、その与えられた役割を果たすことなく100年の節目を迎えて欲しいものだ。

#006 南武線 尻手駅 3番のりば

6か所目は神奈川県から。南武線 尻手 (しって) 駅に設置されている車止めをご紹介したい。

尻手駅には制走堤を用いた第4種車止めが、南武線から分岐する枝線、通称 “浜川崎支線 (南武支線) ” の発着専用である3番のりばに設けられている。
終着ホームであるだけに車両が逸走する危険性は途中駅に比べ低いものと思われるが、線路終端部のその先は駅自体が神奈川県道140号線をアンダーパスする構造となっており、”最悪の事態” を避けるべくの第4種というセレクトなのだろう。

この投稿を書き上げるにあたり資料やウェブサイトをいくつか当たっていたところ、撮影時には気づかなかったのだが車止めの先にも1線分のスペースが残されているように思えてきた。
下記の航空写真中央部に写っている車止めを基準に、画面上側に水色の橋桁が写っている点にお気づきだろうか。

Googleマップより転載

Googleマップより転載

上記2枚目の画像は、駅をアンダーパスしている県道からのストリートビューだ。
道路を跨いでいる構造物のうち、画面右手奥の橋桁より順に5番線 (貨物線), 4番線 (同), 使用していない橋桁 (3番線延長部か?), 南武線下りホーム, 2番線 (旅客線) …の順となっており、尻手駅の配線の中では最後年に増設された5番線を除いて、4線分の橋桁は同様の構造、つまり同時に架橋されたものである可能性が高い。

私が撮影した写真に写っている通り、現在この謎の橋桁の上空には3番線の架線が架線終端部に向かって伸びており、そのためだけに橋桁まで渡すとは考え難く、消去法的に考えるに元々南武線の下り旅客線へと接していた3番線が、後年に終端線へと変更されたのではないだろうか。
具体的な時期については橋桁の銘板などで設置時期が判別できればもう少し絞り込むことができそうだが、南武線として国有化される以前より、その前身である南武鉄道が尻手駅ー新浜川崎駅 (当時) 間で旅客営業を行っていたことを考えると、その当時は…という可能性も想像に難くない。

一つの設備もつぶさに観察することで様々な背景が見え隠れするだけに、そこから生じる様々な想像もそれ自体が楽しくもあり、なかなか興味が尽きないものだ。

#002 紀勢本線 切目駅 構内側線

2箇所目の車止めは、和歌山県は切目 (きりめ) 駅の側線から。

2015年は特急「くろしお」として最後の活躍を続ける381系を記録するべく何度か紀伊半島に足を運んだのだが、スポットへ向かう道すがら、下車した切目駅の構内で見かけたのが写真の車止め。

小柄ながらもコンクリートによる制走堤を備えた第4種車止めで、同駅構内で唯一であるこの側線は、下り本線に和歌山駅方へ向かうかたちで接続されている。制走堤正面上部寄りにはネジ穴と思しきものが水平方向に2つ並んでおり、元々備えていたであろう緩衝材 (おそらくは木製) は、ずっと以前に朽ちてしまったのだろうか。
写真には写り込んでいないが画面右手にはコンクリート枕木が積まれており、現地を眺めた限りでは、この側線は従来より保線用資材の積み降ろし設備として使われているもののようだ。

画面奥のやや左手に写っている建物が駅本屋で、駅周辺の住宅との距離感から、当地のこぢんまりとした雰囲気を感じ取っていただけるだろうか。

切目駅は国鉄時代末期に無人化ののちに簡易委託駅となっているものの、古くからの駅舎が現役で使用されている。
駅前広場の植生、駅本屋の待合スペースや出札窓口・駅務室といった駅務設備、別棟として隣接する便所など、”国鉄幹線ローカル駅” の佇まいが残る良い駅だ。